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創業者 島根圭伸の軌跡

2020.11.16

お知らせ

 

私の夫、島根圭伸が令和二年三月に逝去(享年八十)し、私、島根洋子が代表取締役を引き継ぎ、あっという間に8ヶ月が経過しようとしています。

この8ヶ月間といったら、夫を想いながら浸る毎日がずっと続くのだろうなと思っておりましたが、従来通り全員多忙の毎日が継続されており、ゆっくり故人を偲ぶ暇すら与えてくれませんでした。

ここへ来て、ようやくこういった夫について文章を書ける余裕が生まれてきたところです。

夫が家族そっちのけで仕事一筋で生きてきたおかげで(家族は大変苦労しましたが)、亡くなった後に沢山の方々から暖かい支援の手を差し伸べて頂いております。家族を蔑ろにしてきた部分への恨み言は沢山ありますが(笑)後世に名を残されるような凄い人達にまでご支援を頂いており、そこには、夫に対しても尊敬と感謝の念を抱きながら日々過ごしております。

そんな夫はこれまで本業界において様々な仕事に取り組んでおり、以前から私はそういった事実はホームページに掲載して発信したらいいじゃないかと言っておりましたが、本人が手前味噌になるような事を敬遠する性格でしたので、これまでの軌跡をHPへ記載しておりませんでした。よく喋る人でしたけど(笑)

故人となった現在、社としてその軌跡を遺す義務があると考え、以下に島根圭伸の軌跡を残してみたいと思います。

 

※本記事は生前の島根圭伸本人及び私の記憶および関係者の方々の記憶から口頭での証言を基にしております。

島根圭伸は、お客様優先で自らの軌跡等を残したいと考えないもので、その辺りが大変無頓着故に、当時の資料やエビデンスは殆ど残っておりません。

万一、どこかに誤り等がございましたら、遠慮なくご指摘頂けないでしょうか。

その際はきちんと訂正してお詫び申し上げます。

また、裏付けとなる証言が可能な方や、エビデンスをお持ちの方がいらっしゃいましたら、これを機にご連絡頂けると助かります。

何卒、よろしくお願い申し上げます。

 

・島根圭伸が当社を設立に至った経緯

本業界に入る前の夫は1963年から9年ほどある大手の外資系企業に勤めていました。夫と私の出会いはここで、今考えると随分一緒に働いてきた印象です。外資系という事もありますが、英語が堪能だった夫は海外から出張で来日された方を観光に案内していました。

観光案内をしてあげて、海外の方からは喜ばれるどころか、当時の日本の汚さ、ゴミの惨状を見てよく責められたそうです。帰り際に「日本人は綺麗好きだと思ったが、酷い環境汚染で目を覆うものがあった」とまで言われたと良く話をしていました。

日本では1961年出版のヴァンス・パッカード「浪費をつくり出す人々(TheWasteMakers)」を読んでいた夫は、一念発起して1972年(昭和47年)8月4日当社の前身であるクリーンサービス商会を立ち上げるに至ったのです。

「海・山をきれいに」というスローガンと共に。

と、記述すると格好良く聞こえますが、立ち上げ当初なんて特に夫も私も大変でした。

それについてはテーマが異なりますので、またの機会に恨み言の一つでも載せながら掲載することにしましょう(笑)

 

・平塚市資源回収協同組合(以降、資源組合と称します) 理事長として新たに資源の分別回収の仕組みを構築(通称、平塚方式)

平塚方式とは、資源ごみ回収に、民間企業を参入させる事で、資源の有効回収と処分コストの低減を目指した制度です。

平塚市長が石川市長時代【在任期間:昭和54年4月30日~平成7年4月29日】、中村助役から平塚市土屋の最終処分場が間も無くいっぱいになるので何とかならないかと相談された夫は、資源組合の理事長になり、剛腕な一匹狼の組合の皆さんをまとめながら、平塚方式によって分別回収を全国に波及させました。当時は取材も殺到し、テレビや新聞等にも取り上げられた程です。

但し、これらの事は組合員の方あってこそで、当時のゴミバス・ゴミ婦人の会・自治体の方々のご協力がなければ、一人では成しえなかったとも言っておりました。

ペンだこが出来るほど書類を作成したり、2000箇所のゴミステーションを設定したり、議員さんへの働きかけをしたりと、本当に地道で大変な活動でした。

ですが、これによって全国に分別収集が広がりをみせたといっても過言ではないと夫はよく自慢していました。今で言うならビジネスモデルの提供でしょうか。

夫が掲げた当社のスローガン「海・山をきれいに」の責任を少しは担えたと思える取り組みでした。

 

・計量器付パッカー車導入について

当社では計量パッカー車を27台保有(2020.10時点)しています。これだけ保有している会社は全国的に見ても限られているのではないでしょうか。夫とお話した事のある方でしたらこの計量パッカー車のお話も何度か耳にされたのではないでしょうか。

いち早くこのスーパーカーが買える値段のパッカー車をバンバン買う会社があまり存在し無かったのは事実でしょう(笑)

当時は、このとてもとても高価な計量パッカー車を購入する事に賛成する者は誰一人いませんでした。

それでも夫は周りの反対を押し切って購入し続けました。

この業界の計量は不正確でした。多くの業界関係者やお客様もこの業界の不正確な計量こそが常識と捉えており、この不正確な量のゴミをいかに上手に捌く事が出来るかに注力していたのです。

これに対して夫は、これではゴミの減量の提案をしようがない。

正確なデータが無ければ分析は無意味になると言っておりました。

この業界の常識や旨味に染まらず誠実で正確な計量こそがお客様の満足につながるという強い信念をもって、

計量パッカー車導入に注力し続けたのです。

その結果、現在では大手チェーン店様を始め、鉄道会社様や病院様など、沢山のお客様から信頼を得てお仕事を受注させて頂いております。

 

・某メーカーさんへ計量器開発依頼について

夫の常識破りな行動はこれだけでは収まりません。

今度は平ボディの計量器が必要になり、市場に無いと知るや、メーカーさんに開発を依頼し始めました。

最初は勿論、断られました。当社規模で開発・設計からの依頼といっても相手にして頂けないのは当然です。

しかし、夫は諦めません。

その結果、メーカーさんはきちんと開発から製作までの正式な費用を提示してくれました。

開発・設計からの依頼ですからね。そりゃあそうでしょうねっていう費用です。

メーカーさんからすれば、費用を提示すれば諦めるだろうと思ったんじゃないですかね。

そしたら夫はなんと2台くれって言ったんですよ。

これにはメーカーさんもビックリで、本気度が伝わったとか。この事以来、某メーカーさんとは懇意にして頂いております。

結局、夫の熱意はメーカーさんをも動かしてピン型ロードセルを使用した計量平ボディ車が誕生したのです。

 

・某ファーストフード店様へ氷・水分の分別を提案

まだ当時ファーストフード店様の氷や水分の分別がされていなかった時代です。

夫が当社のお取引先である某ファーストフード店様にてゴミの減量を提案する為、その組成を調査をしたところ、水分が大量にある事が判明しました。

氷や水は可燃物ではないから燃やす必要はない。

そこで氷や水を分別するようご提案させて頂いたそうです。

これによりゴミの処分にかかるコストが減ったのです。

ここまで取り上げておりませんでしたが、夫はゴミ処分のコンサルを行う際に、そのコンサルの一環としてゴミの減量提案をさせて頂く事があります。その提案をさせて頂く際にゴミの組成調査も行っておりました。

ファーストフード店様で水分の分別を最初に取り組んだのは恐らく夫ではなく別の方だとは思います。それがどこのどなたなのかは残念ながら不明確なのですが、夫も早期にこういったご提案をさせて頂いて、某ファーストフード店様のゴミ減量の結果を出し、それを某ファーストフード店様の方々が展開されたのでしょうか。今では全国に波及して、結果、全国的なゴミの減量化に繋がったように思います。

その他、某ファーストフード店様では一部のハンバーガー容器に発泡スチロールを用いられていたのですが、こちらも夫の提案で発泡スチロールの利用を取りやめて紙製の包装紙等に変えて頂いた経緯もあります。

これらの事について、某ファーストフード店様への最初の提言をさせて頂いたのが夫である事は間違いないはずです。

 

・某鉄道会社様へ家庭ゴミ持込を抑止するための方策を提案

ほんの少し前まで、鉄道の駅にはゴミ箱や喫煙所が当たり前にありましたが、最近は鉄道の駅でゴミ箱や喫煙所を見かけることが少なくなりました。

当社従業員からも、入社するまでは駅のゴミ箱って公共のゴミ箱のような気がしていました。等と聞かされた事があります。

夫は、某鉄道会社様からもゴミの減量について相談を受けておりました。

そして、ここでもゴミの組成調査を行い、その殆どが駅の事業活動から出たゴミではなく別のゴミと判断出来る物が多く混入していました。(当社従業員からも、入社前に鉄道を利用していた頃なんて、別の所で購入した物を通勤・通学の際にカバンのスペース確保や重量を軽くするためにポイポイと捨てていたと聞かされました。)

そこで、テスト期間を設けてゴミ箱や喫煙所を無くすという大改革をご提案したのです。

当時これには関係者の殆どが大反対したそうです。それはそうでしょう。私だって関係者なら反対します。

苦情が殺到して仕事にならなくなるという心配からです。

しかし夫はいきなり撤去して終わりといった無責任なコンサルは行いません。

一定の期間を設けて様々なテストを計画・実行・分析しました。そして全テストの完了結果を基に最終案をご提案して、お客様に判定して頂くといった事を行いました。

その結果、駅からゴミ箱は殆ど無くなりました。

しかも、駅からゴミ箱が無くなってもご利用者様からの苦情は無かったそうです。

その結果を聞いた時は、一般の方々の環境に対する意識というのは非常に高いものなんだと身を持って感じました。

とても誇りに思えますし、それを信じて実行したんだという夫も誇りに思います。

 

・環境大臣賞受賞について

H30.11環境大臣賞を頂戴致しました。

夫も私も仕事に生きてきました。利益よりもまじめにコツコツを選択し、真摯にゴミを減らす想いを持ち続けて良かった。

特に夫はとても嬉しい賞だったと思います。

 

・SDGs

当社はSDGsの取り組みを開始しています。これまでの事が認められて、平塚市と協力して、平塚市の食品リサイクルの取り組みの一端を担っております。

当社は、湘南ステーションビル株式会社様の各テナント様から発生する食品廃棄物を株式会社バイオフードリサイクル様へ搬入するといった収集運搬業務に携わっており、食品廃棄物のメタン化によるリサイクルの取り組みの一端を担っております。

 

・ペットボトルをアルミ缶に

生前夫はマイクロプラスチックも気にしていました。

飲料容器だけでも良いから、ペットボトルをアルミ缶に移行出来ないものか。

アルミ缶による飲料容器の流通であれば有価物としてしっかりしたリサイクルとして循環するんだから。

そんな事をよく言っていました。

私からみれば、これには飲料メーカー様のお力や政治に携わる方々のお力が必要なのかなと思います。

夫は何か考えがあったかもしれません。

私には夫からの宿題のような気がしていて、当社として出来る事を常に模索していきたいと考えています。

 

・ITへの注力について

夫は、随分前からIT・セキュリティ・ソフトウェア開発に注力していました。

しかし、これまでセキュリティを重視してホームページ上で発表するといった事は控えておりました。

昨今のCPUや通信機器に関する脆弱性を鑑みても、下手なアピールをしてしまうと自社セキュリティを脅かす事態に成り兼ねないからです。

最近はホームページ上からお仕事のご依頼が増えている事も有り、当社の情報管理に対する姿勢を多少なりともお見せ出来ればという想いで、実際に導入しているハード・ソフトを特定されない程度に留めながら、当社が注力しているIT・セキュリティ・ソフトウェア開発について簡単ですがいくつかご紹介させて頂きたいと思います。

以降は担当部署の記述を元に記載します。

まず当社のシステムについてですが、サーバー群の多くは某大手クラウドサーバを活用しており、各サーバと本社含め事業所・営業所との接続回線は全て閉域網による接続で、クラウドサービスは利用せず基本的にイントラで構築しています。

ユーザ及び端末制限管理、セキュリティハード及びソフト管理のもと、社内内製ソフトやシステム、パッケージのグループウェアやハード・ソフト共有等の資源管理を実施しています。

最も重要なインターネットへの出入口には、高価なUTM等も複数台導入しています。

Office365についてもセキュアモードで使用している念の入れようです。

監視サーバソフトのZabbixはHyper-Vで余剰リソースを用いて自社構築して運用中です。

尚、災害対策も準備済です。災害時を想定した発電機・UPS・オンプレサーバ・NPCを用いた最小構成運用も構築済です。

その他、以前から夫はこれからの時代はITの知識は絶対必要だと言っており、NetCommons3によるITテストシステムによる教育を毎月開催していました(現在は休止し第二フェーズへ移行中)

次にソフトウェアですが、当社は事業方針の一環としてソフトウェア開発部門を保有しており社内システムはほぼ内製しています。

これらソフトウェアについては機密事項としており、また機会があればご紹介致します。

 

・さいごに

ポジティブなお話ばかりを列記して参りましたが、これまでの道程は生半可なものではありませんでした。

本業界の一昔前なんてゴミ屋と蔑まれ、とてもネガティブな環境でしたから。この業界では思った事をその通り実行する事すら難しい中、よくここまで来れたと思います。

島根圭伸の軌跡というタイトルではありますが、当然これらが全てではありませんし、そもそも書ききれません(笑)

ですので、私にとっての島根圭伸の軌跡を最後に一つだけ。

環境大臣賞を頂いた時のエピソードです。

授賞式の帰りに、突然夫から、実は最も褒めて欲しいのは最も尽力した市からなんだよって言葉が出てきたんです。

それは実に夫らしい発言でした。

私は、海・山きれいに出来たからいいじゃないと返しました。

当社のロゴにある「海・山をきれいに」という言葉は、使う者の資質を問いかける大変重い言葉です。

重い言葉を自ら背負い常に先と前を見て生きた夫に対して、伴に生きた私にとっての最大の賛辞を贈ったつもりです。

夫であり社長であり同志であったその人がその時見せたその表情がとても印象的で今も深く心に刻まれています。

 

私共は、まだまだ理解されずにゴミ屋と蔑まれる事もあります。

しかし、多くの方々の努力のお陰でようやく環境事業という社会に認められるお仕事へと昇華し始めています。

夫は誇りを持って仕事をしていました。

私は、社員達にも引き継続き、我々の仕事に誇りを持ち、社会に貢献しているのだと自負して仕事に取り組んで欲しいと伝え続けていきます。

そして私も夫のように少しでも世の中が良くなるように、なるべく夫の想いを引き継いで精一杯頑張りたいと思っています。

 

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